思い出した順番にとりとめのないお話をあなたのところに届けます!
3から続く!
1年でCM3つと映画1とSAG加入と順調だったが、全てが,いとも簡単にできたわけではない。
これらの仕事が来る1ヵ月前、2000年10月頃私はドン底にいた。
Something Fishy(寿司レストラン)で生きて行くためにウェイターをしていた。当時6ヵ月程度AGENT(タレント事務所)が決定せずお金もなく貧乏な毎日。
1997年から留学、映画で生きて行くためにCOLLEGEでの演劇専攻、脚本も書いていたがまったく当たらず。
いつも人生は無駄の積み重ねと思ってやってきたが、これらの努力に対しての全くの成果なし。
こんなにコツコツやっているのに、 なにがうれしくて、こんな難しいSHOWBIZ業界にチャレンジしているのか? 後悔さえも沸き始めた。
当時まだ生きてて元気だった母親にFAXする。
「俺、来年の3月までいれるけど、 帰ってこようかな!」と書いて送る。もともと普通の田舎の平凡を望む母親は大喜びですぐに返事が来る。
「早く帰っておいで。」とFAXが来た。 1996年年末、福岡空港から飛び立って依頼一度も帰れなかった。それ以来母親を見ていない。
(まさか、あの後母に一度も会うことができなくなるとはその当時、想像もつかなかった。)
私も努力しても何もない毎日に嫌気がさし始めて、頭の中では、すでに帰国を決めていた。なによりも母親が喜んでくれる。
帰ると決めたらやることがたくさんある。 ルームメイトのKにも言って、家具がいっぱいあるけど売らないとな! 車も売らないと! いろいろとすることがたくさんあった。
4年間まるっきりバイトしながら学校に通い貧乏学生で過ごしたので、LAにいただけでSAN DIEGIOにちょっと行った以外は大した旅行もしなかった。
最後にパーッとなんかしたいけど金もない! 振り返ると誇れたことは親を心配させたくないので、完全自己資金で自費留学したこと。(しかし、計算がくるって、というか欲ばって、200万程度の資金を450万程度にしたけれども、もっと利益が出ると考えて売却せずにアメリカに行きその後暴落!留学資金が吹き飛んで結局 バイトを続けるしかなかった。)
「しかし、なんで英語で演劇演技等つぶしの利かないもの学んだんだろ。日本に帰っても生きていけるのか?」 今まで1度も後悔はなかったのにこの時だけは後悔をしてしまう。
まさしく若気の至りというものなのか?
これだけ努力したんだから、CASINOで最後の人勝負でもしよう! 今までほとんど運気を他に使いたくないので、ギャンブルをしなかった私が一人で車を走らせPALM SPRINGSの手前のインディアンCASINOに行った。 持ち金はそのときに財布にあった200ドル。この前払った家賃をのぞくとそれだけしかなかった。
「神様はいるかな?」運転しながら自己中心的な神様に頼る。
「最後のラスベガスの旅行代金くらい稼がしてくれんかな。それとも神はもっと大きな努力賞を俺にくれないだろうか?」 車でFREE WAY片道4時間以上かかるところを運転していく。
結局「CASINOに神様はいなかった!」空っぽの財布を持って寂しく車を運転する。 呆然としてアパートに帰る。 ルームメイトはまだ仕事中!
頭の中は何もつかめずに日本に帰って行く自分の姿が哀れに映る。仕事あるのかな?
そこに 突然電話が鳴りだした。 やけくそに電話を取る。 EVOLVE TALENT AGENCYのTOMからのINTERVIEW(面接)の電話だった。
それから2000年11月にLUCKYなことは立て続けに起こっていった。そして、私は一瞬にして日本に帰ることを忘れてしまった。
思い出した順番にとりとめのないお話をあなたのところに届けます!
2より続く!
「じいろおお!」多少興奮ぎみに今度は電話がきた!
Tomからいきなり電話がきた。
ウォルトディズニーの撮影があるからLITTLE TOKYOに1週間後の土曜日11時にということだった。ラッキーなことに、そば屋の店主?(ウォルトディズニー2参照)のオーディションをパスしたのである。
土曜日早速11時にLITTLE TOKYOに行く! ウィンドとカーズで知り合ったJASONがEXTRAで来ていた。
私がメインの一人に選ばれているのを知り喜んで祝福してくれた。
JASONはKOREAN-AMERICANで、Actorの仕事をもう3年くらいしている。
JASONはCMのCREDITを取る事のおいしさが分かっているので祝福の仕方もexcitedだった。プロダクション・制作会社のNON-UNION扱いのギャラごまかしが多い中(プロダクション会社は、ギャラを高騰させないように、なるべく肖像権が発生しないようにごまかす会社が多い!)
彼はちょっとした弁護士みたいにSAG(screen actors guild 全米映画俳優協会という俳優の組合)の規則をほぼ暗記している。Jasonの存在は貴重で、私もディズニーとウィンドトーカーズによって入会後いろいろとアドバイスしてくれた。
ここでより詳しくSAGのことを書かせていただくと!
仕事には2種類の仕事があり、一つはUNION JOB組合公認の仕事 そしてもうひとつはNON-UNION JOB組合非公認の仕事だ。まず、はじめたばかりのアクターは、NON-UNIONからはじめることになる。エキストラをやってもせいぜい1日50ドル程度。CM等でメインの役をやることがあっても肖像権はつかず1日50ドル程度とひどい待遇だ。はっきりいってレストランでウェイターやったほうが、1日100ドルくらいチップで稼げるので、そちらのほうがお金的にはよくなる。
わたしもCABLE TVのFOOD NETWORKのNON-UNIONCMでは、組合員ではなかったのでそのくらいしか稼げなかった。 組合員には誰でもなれるわけではなく組合公認のCMまたは、映画でCREDIT(名前)例えば エンドロールに名前がでるようなエキストラではない仕事(すなわち台詞または、その人を明らかに大写しにするなどを2回)を経験して、初めて申請できることになる。 入会費は実に$1350近くもの入会金を払い込む。
そしてもらえるのが実にスーツにつけるような社章のようなピンと、入会資料のみである。SAG入会したものは大体
「1300ドルでピンを買った」と苦笑いする!
しかし、SAG入会での大きな特典いえば、NON-UNION非組合の仕事はできなくなるが、UNIONの仕事はエキストラが撮影料が1日$120〜130までUPして、肖像権の付く仕事になると1日400ドル程度+肖像権までギャラが上昇するので、仕事を続ければ$1350程度はすぐに取り戻すことになる!
年会費は個人の儲けてる額によって違うが、私は年間$300程度を払っていた。 トムクルーズとかブラッドピットとか年にいくら払ってるのかは想像つかない!(まあ 儲けてるので楽勝で払ってるだろうけど!)
このSAGメンバーを取るのでみんな必死にエキストラから初めて、オーディションを受けに行く! 私は1年で、ウォルトディズニーとウインドトーカーズでSAGに入会できたが、ある意味LUCKYだったと思う!
4へ続く
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1から続く
オーディションの連絡はいつ何時と関わらず突然やってくる。
ウィンドとカーズ(ウィンドトーカーズ参照)のセットの横でDW・JIROWADA・SAM・JASON達とトランプをしていると、私のアメリカの最新型携帯が振動しはじめた。(当時アメリカの携帯は日本よりしこたま遅れてまして、観光地とかにたまたま行くと、日本人観光客からチラ見されたうえに、あまりの時代遅れぶりにクスクス笑われてました。)その僕のぶっとい携帯で電話にでると、
「じういろ!」とTOMからの電話、いつもの高圧的な早口で
「ディズニーランドCMのオーディションがあるので、必ず行くように!」とアドレスを鬼のような速さで言う。
「メモとるから待ってくれと言ってペンを取り出そうとすると。」
なんか、その待ち時間・数秒でも惜しそうな感じで
「ハロー!」の連発! トランプの最中は悪い英語ばかり使うので、(Shut F??? UP!)といいそうになるが、それを言ったらおしまいなので、
「yes! を連発する!
山の中で、あと日本兵の軍服をきてるので、なかなかペンや紙がみつからない。(しかし、エージェントやキャスティングディレクターって人達は、なんでこんなにせわしいんだろうと思ってっしまう。)
オーディションの場所は、ハリウッドの中心からやや東のキャスティングディレクターの家で行なわれる。
WEST LAとかの会場でオーディションを受けることはあったが、家で行なわれるオーディションに行くのは初めてだった。
ほとんどのオーディションは、200〜300人が一度に受けることはない。時間ごとに3〜4人づつとか1人づつ呼ばれる場合が多い。 オーディションの会場である家に、おしゃかになったポンティアックフィエロの2代目 89年製 黒のHONDAアコードでいくと、やや太めの30代後半と思われる受付の女性が待っていた。
(カーナビなんかもちろんないが、アメリカは全部のSTREETに名前がついてるので、住所が分かりやすい!)
「Hey! how are you doing?」(オーディションは第一印象が重要なので、いちもテンションをあげて挨拶する!)
「Pretty Good」といいながら私の奇跡のhead shot(アメリカでスターになるには1参照!ただ今公開中!)と私のツルツル頭を見比べて
「You are the same guy?」と目をパッチリとあけて聞いてくる。
当時、ウィンドとカーズで頭はツルツルにされていた。もちろん写真のイメージでキャスティングディレクターは気に入り、TOMは私をオーディションに送ったので、焦って状況を説明する。彼女は、
「Don't worry!」とニコリと微笑んでくれた。
部屋の奥からキャスティングディレクターらしき白髪のおじさんがでてきた。それと一緒にちょうどオーディションが終わった白人の青年がでてくる。
すぐに私の名前が呼ばれる!そして部屋に入る。ホームビデオが回っている。軽く英語で自己紹介の後。
「日本のヌードルショップ(うどん・そば屋?)の店主のパントマイムを無声でやってくれ。」と言われる!
私は、オーダー取りからやり始めて、湯でがまに麺を網?でつけこんで
お湯を切って、作っていたスープに入れると子までをやった。
カレッジでは、大道芸人みたいなパントマイムは習うことは無いのだが、この手のパントマイムはいやとういほど習った。
パントマイムは、DANNY DESMONDという学校では超意地悪で有名な教授(じいちゃん先生)から習っていたのでなんとも簡単だった。
それが終わると今度は声もだして(英語)で日本のうどんそば屋の店主をやった。
オーディションはあっという間に終わった。今まで5回くらいオーディションにいったが、ウィンドトーカーズという定職もあったし、オーディションはたくさん受けるものだと思っていたので結果はあんまり期待はしていなかった。
3に続く!
思い出した順番にとりとめのないお話をあなたのところに届けます!
ワーキングパーミット(COLLEGE卒業後の1年間就労許可)をとって、最初の6ヵ月程度は幸運に恵まれず。ほとんどWAITER-Actorだったわけだが、10月終わりごろからBIG WAVEがとうとう押しよせはじめた。
まず、小さなNON−UNIONのちょろギャラCMだが、CABLE TVのフードネットワークの仕事を写真審査でいただいた。
台詞無でChristmas PARTYで白人のゴージャスな女性とのカップルで参加している短いCMだった。
その後ウインドとカーズにキャステイングされて1週間くらいのことだった。
私の所属する小さなエージェンシーevolveの私の採用を決めた男Tomから電話があった。彼は白人で(どこの国系かははっきり分からないが)背が高く銀縁っぽい眼鏡かけていて、鼻が赤いイメージがあり目つきが鋭い!機関銃のようにいつも僕に話しかける。JIROと呼ぶときJIのところに妙にアクセントがあり(じういいろ)と呼ぶ。
Tomからオーディションへ行けと指令だった。
Tomからは2週間に1〜2回ペースでオーディションの指令があり、その度にオーディションに行っていた。
あるときはDELLコンピューターあるときはMasterカード“There is something money can’t buy” とかいうフレーズだったと思う。 日本でもこのCMあった思うが、「お金で買えないものもある?」のシリーズものだ。 しかし、ことごとく落選キャストされずにいた。
だいたいCMのオーディションはスクリプト読み(そのCMで使う同じ台詞の物が多い。)がほとんどだった。スクリプトはやはり覚えて表情つけてやった方がいいに決まってるが、そういう意味では、日本人の私はやや不利でもあった。
だいたいのCMは200〜300人の人で一つの役をとっていく場合が多い。すごい競争率なのにみんな必死で取りにいく。これらのACTOR達は1日400ドル程度の撮影料がほしいわけではない。
じゃあ、なにが欲しいかというと、residual(肖像権)が定期的に入ってくるからだ。 CMの場合は2年間。映画の場合はずっとはいってくる。
アメリカでUNIONのCMにでて(ちなみにUNIONは映画俳優協会公認のCM)
speaking role(台詞のある役)をやると肖像権が確定するのだ。 よってextraすなわちbackgroundをやってもこの肖像権は入ってこない。
この肖像権のすごいとこは、全米に1回でもCMがながれると約200ドル程度のお金が出演者に入ってくる計算になるのだ。すなわち月に10回程度放送されこれを24ヵ月もらっていくと48000ドル日本円で500万近いお金になってしまう。SAG(映画俳優協会)の力の強いアメリカでは、CM長者もめずらしくない。 マクドナルド・車のGMとか清涼飲料水・洗剤とかのCMをとれば月10回なんてものではない。 2年間で4〜5000万円肖像権コースに化けてしまうのだ。いちどサムシング フィッシー(寿司レストラン・チャーリーシーン参照)にいつもFORDのCMに起用されるCM女優が来てたがゴージャスそのものだった。
最初はわたしは、TOMがなぜCMのオーディションにこれだけ情熱をかけるのかが分からなかったが、やがてだんだんと理解していくことになる。
2に続く (実は我が家に9月9日 第一子が生まれまして、ほんとにかわいくて!うれしい悲鳴です! UPのペースおくれてすみません!)